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50年も前の甲子園の記憶
まだ小学生だった1976年の夏休み、うちには都内から幼馴染が泊まりに来てて。
その幼馴染が帰る日、甲子園の決勝戦がありました。
うちの両親は特に野球好きでもないのですが、その日の決勝戦に出るのはなんと、うちの近所の桜美林高校。
しかもその年の桜美林高校は、初出場でした。
対戦相手のPL学園はその頃からすでに名門で、大阪私学7強と言われていたそうです。
桜美林高校に対して周りの反応は「どうせすぐ負けるだろう」という感じだったらしいのですがあれよあれよという間にどんどん勝ち進み、市のお偉いさんの秘書(?)とお付き合いがあった母が聞いた話によると、「さすがに準決勝からは甲子園まで行くことになった」と、慌てて準備をしていたらしいですw
さて、その日のスコアは以下のもの。

弱小扱いされていた子ウサギが、大きなライオンに逆転勝ちしたようなものなのです。
桜美林を応援している側にとって、この試合がどれだけ盛り上がったか分かるでしょうかw
狂喜乱舞状態だったでしょうね~
まるでスポ根ドラマの最終回みたいです。
でも!
我が家は他の応援している人たちよりさらに数倍盛り上がって、気分が高揚していたかと思います。
なぜかというと、「公団団地で観戦していたから」です。
当時は夏にエアコンを入れて締め切っている家も今ほど多くなく、しかもとても風通しが良くて夏は涼しい住宅だったので、窓を開けっぱなしにしている家がほとんど。
しかも土曜日の午後だったと思うので、多くの人が自宅で観戦していたのではないかと思われます。
5F建てで1棟につき50世帯ある建物がズラッと並んでいる密集地帯、みんな窓を開けて観戦しているので、あちこちの家から1球投げるごとに歓声が聞こえてくるのです。
当時はそんな声を騒音とも思わず、近所中との一体感を子供心に感じたものです。
しかも延長戦にもつれての、あの勝ち方ですからね。
試合に勝ったこと自体は応援してた人たちみんな喜んだと思いますが、自宅にいながら地域での一体感を感じられたのは、団地に住んでいた人たちだけでしょうw
でも今だと同じことが起こっても、みんな窓を閉め切っているため、あそこまでは歓声が聞こえないだろうな~
気分も冷めやらないまま、私と母はバスで駅まで幼馴染を見送りに行きました。
バスの中から駅ビル(デパート)が見えてきたら、屋上から「優勝おめでとう」の大きな垂れ幕が下がってて、そこに夕陽が当たって美しかった。
あの時の光景と感動が再燃したことを、今でも覚えています。
当時の高校球児たちは、今はもう60歳代後半くらいだろうか?
あの時の話は未だに母との会話でたまに出ますが、いくら才能をもっている人たちとはいえ、高校生は高校生。
まだ選挙権も無い子供なのです。
そんな高校生がこうやって誰かの人生の思い出に爪跡を残したって、すごいことですよね~
今日の記録
【血糖値】
・朝食前 リブレ
・昼食前 リブレ
・夕食前 リブレ
・就寝前 リブレ
・平均値
※リブレでは1日の平均値がデータとして表示されます
【食事】
・朝食
・昼食 ブランパン、カップスープ
・夕食 モーニングサーブ、スクランブルエッグ、茄子とバラ肉の味噌炒め、枝豆豆腐、ビーフシチュー
・今日の体重