
目次
妹が自宅で倒れていたので救急車を呼ぶ
昨日の記事の最後の方に書いたのですが、それを抜粋します
・金曜日正午 妹からのメッセージ(桜の写真)が私にも母にも届く
・土曜日夜 母が返信(既読つかず
・日曜日正午 私が返信(既読がつかず
・月曜日夕方 母に連絡をし、「おかしくない?」という話になる
・月曜日夜 妹に電話しても「電波の届かない場所か電源が(ry」
・月曜日夜 「明日様子を見に行こう」という話になっている ←今ここ
そんなわけで今日は午前中、母と一緒に妹の家に行ってみました。
↑と、あっさり書いていますが最悪の事態もありえるわけで、私も母も心の中は恐怖と不安MAXで、色んな覚悟を決めてから部屋に入りました。
am11:00
まず先に母が妹の部屋に入り、「やっぱ倒れてた」って。
その時点で私はまだ玄関にいるので、どんな状況で倒れているのか分かりません。
すぐに私も部屋に入ったところ、妹はリビングの床にうつ伏せで倒れて、母に何か返事をしていました。
よかった、生きていた!!
ふらついて転んだまま起き上がることができず、いつからかは分からないけど(本人の記憶無し)最低でも3日間は飲まず食わず状態だったようで。
これは去年の4月から何度か起きてる状況で、入院しても原因不明のままでした。
とにかく水を飲ませ、落ち着いたところでソファに引きずり上げようとしましたが、高齢の母と私の二人じゃ、全然無理。
本人は全身が脱力しているそうで、全く力を入れられないし。
妹は「立つことさえできれば松葉杖でなんとか歩けそうだから、実家に移動したい」と言っています。
が、私たちには立ち上がらせることもできない。
pm12:20
最終的に救急隊の方(?)に妹自身が連絡することに。
「救急車を呼ぶほどじゃないけれどSOS」という電話があり、そこにかけたようです。
しばらくすると、3人の救急隊が駆けつけてくれました。
その間に私たちは、尿でびしょびしょになった洋服など脱がせ、身体を拭き、新しい洋服に着替えさせたりしていました。
救急隊の方に状況を聞かれて説明して、妹は「入院はしたくない。実家で療養する」旨を伝えましたが、それはあくまで「松葉杖で歩けるなら」という条件の下です。
それで救急隊の方が力任せに立たせて杖を持たせ、身体を支えながら「歩いてみて」と言いましたが、妹の足はなかなか動きません。
しばらくして「やはり救急車を呼びましょう」と言われてしまいました。
pm13:30
10分もしないうちに救急車が到着。
血圧やら色々調べられてまた説明をし、最終的に担架で救急車まで運ばれました。
この時点で母親は帰宅。
父の介護があるので、長くは家を空けられないのです。
pm14:10
救急車に乗った時点で、最初に駆けつけてくれた救急隊の3人は帰りました。
そして病院探しが始まります。
これがけっこう長くてね・・・、30分以上探していました💦
pm15:00
やっと病院が決まりましたが、そこは私たちが一番希望していた病院。
そのことは伝えておいたので多分真っ先に交渉してくれたけれど最初は断られ、でも他を探しつつも粘ってくれたおかげなのか?
さっそく救急車は病院に向けて出発。
私は自分の車で後を追いました。
pm15:30
先に到着しているはずの妹は既に採尿採血をされて点滴を受けていると思われ、私は救急患者用の待合室で待たされていました。
その間、いくつかの書類を書いたり、いくつかの質問を受けたりしています。
1時間くらい待合室にいて16時半頃、入院することになったと担当医から説明があり、その後妹は入院病棟に運ばれ、私もついていきました。
pm16:30
「家族相談室」のような場所に案内され、担当の看護師さんから入院の説明を受けました。
また色々書類を書き、もうどんな書類にサインしたのかも忘れてしまったw
過去の病状などについても聞かれました。
pm17:10
妹のベッドに案内されました。
そこで妹と話をし、ペットボトルの飲料水を自動販売機で買って届けたりなどなど。
40~50分ほどして、「明日も来るね」と病室を出ました。
pm18:10
やっと駐車場の車内に戻り、母や主人に連絡を入れ、帰宅の途につきます。
帰り道、主人の夕食用にと、お弁当屋さんのお弁当を買いました。
長い一日だった・・・
それ以外にも細かく書きたい状況や胸の内はありますが、とりあえず今日の流れを書くのでいっぱいいっぱい。
疲れた・・・、腰痛い・・・><
今日の記録
【血糖値】
・朝食前
・昼食前
・夕食前
・就寝前
・平均値
※リブレでは1日の平均値がデータとして表示されます
【食事】
・朝食 ブランパン2個(4.0g)
・昼食 無し
・夕食 冷ややっこ、キャベツとチキンのサラダ、ポテトチップ
・今日の体重